愛人という関係

「そろそろ、帰らなきゃ」
 普段の彼女からは似つかわしくない、少しばかり派手なベッドの上、わたしの腕の中で彼女はそうつぶやく。分かってるよ、と口では言うが、そのままベッドから降りようとすると彼女が拗ねるのも知っている。
「帰らなきゃ」とは「もう一回抱いて」という意味だ。ホテルを出なければならない時間から逆算して、彼女はわたしをいざなう。よく気の回る細やかなところにはいつも驚かされる。わたしは安心して彼女に身をゆだね、陶然として肌を重ねることができる。
 彼女との愛人関係は、2年弱になる。お互いに妻が、夫がいる身なのに、関係は深くなっていくばかりだ。あるいは、妻がいるから、夫がいるからと言うべきなのかもしれない。
 お互いに、パートナーに満足できないわけではない。妻は妻としては非の打ちどころがない。妻の支えがあってわたしの生活は成り立っているし、そのことには感謝もしている。知り合ったばかりのころと比べれば、お互い関係も変わってきてはいるが。彼女の夫はといえば、家庭と仕事をしっかりと両立して、男から見れば疎ましいくらいの男だ。実際、こんなに可愛らしい妻をめとり、子どもにも恵まれている。
 それでもお互いにパートナーとの生活に何か満ち足りないものを感じて、わたしたちは出会い系サイトに迷い込み、出会い、こうして愛人という秘密の関係を続けている。妻への愛情が失われたわけではない。妻は妻として、彼女は彼女で愛人として、まったく質の違ったふたつの愛情がわたしの中にはあるのだ。
 最後の情事が終わり横になると、うっすら汗の浮いた額をティッシュで拭ってくれながら「先にシャワー浴びるね」と彼女が言う。わたしはバスルームに消える彼女の背中に、ほんのりと満ち足りたものを感じる。わたしたちが、この関係から得ているものだ。

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